忘れられた痕跡 写真で見る朝鮮族100年史

監 修: 朴昌c(パク・チャンウク)・延辺大学歴史学部名誉教授
     姜萬吉(カン・マンギル)・高麗大学歴史学部名誉教授
写真蒐集および整理:柳銀珪(リュ・ウンギュ)・延辺大学芸術学部写真学科教授

2000年8月刊 A4判  図書出版土香(トヒャン) (5%)税込:\10500 (本体:\10000)在庫切れ

 中国には55の少数民族があり、そのうち朝鮮族は約200万人が、主に中国の東北地方に集中して住んでいる。中国のほかの少数民族が古くから土着の民族であったのに対し、朝鮮族は近代以降、朝鮮半島から中国へ定着した。そして彼らの移住と定着の歴史は、日本とも深くかかわりがある。
 この写真資料集は、韓国人写真家である柳銀珪が中国朝鮮族の写真を撮るために東北地方を歩き回りながら蒐集した古い写真を整理して、100年間にわたる朝鮮族の移住と定着の歴史を時代ごとにふりかえったものです。(資料写真:300余点 言語:韓国語)

【内容構成】
T部

第1章 移住と開拓
 1800年代末、朝鮮半島北部から満州への人の移動が増加し始め、1910年の日韓併合以降、急増したこと。満鮮拓殖株式会社によって、点在していた移住民が集められた「安全農場」や、計画的な集団移民である「集団部落」が作られたこと。また、1941年以降は朝鮮総督府によって送り込まれた「開拓移民団」がいたことなど、様々な移民の形態があったことを紹介する。
第2章 日帝強占期の抗日運動
 日韓併合により、祖国独立を目指す独立運動の志士たちが活動の場を満州に求めた。民族主義系列、共産主義系列、中国共産党の指揮下で抗日を戦った者など、様々な形での抗日運動があったことを紹介する。
第3章 国共戦争(1945年8月〜1949年10月)
 抗日戦争が終わると、今度は共産党と国民党との内戦が始まった。抗日戦終戦当時、216万人いた朝鮮族のうち、90万人がこの時期祖国に帰国、残った人々は国共戦争の戦禍に巻き込まれ、多くの朝鮮族が戦場に散った。
第4章 朝鮮戦争(1950年6月〜1953年7月)
 朝鮮戦争で中国は「アメリカと戦い朝鮮を助け、国を守ろう」というスローガンを掲げ、人民支援軍を募って北朝鮮軍を積極的に支援。多くの朝鮮族がこの戦いに加わった。
第5章 社会主義革命と建設(1949年10月〜1966年5月)
 中華人民共和国が建国すると、朝鮮族は中国の少数民族として認められ、1952年に自治権を得ると、中国共産党の指導下、社会主義国家建設に邁進した。しかし集団農場、人民公社、大躍進などの運動が展開する中、反右派闘争が始まり、自治州内の民族幹部は打倒され、徹底的な民族主義批判が始まった。
第6章 文化大革命(1966年5月〜1976年10月)
 10年に及ぶ文化大革命は、中国朝鮮族に甚大な傷跡を残した。特にモンゴル族と朝鮮族は、母国を外に持つ少数民族として、中国共産党への忠誠を徹底的に誓わせられた。この時期、朝鮮の着物を着た写真や朝鮮語の本、手紙などが家から見つかって紅衛兵に拷問される者も後を絶たず、多くの資料や写真などが焼失した。

U部 文化と生活
第1章 教育
 伝統的に教育に熱心な朝鮮民族は、祖国を離れて移住した満州でも、様々な学校を運営していた。また、キリスト教の宣教師たちが運営した学校もあった。それらはやがて、子供たちに抗日独立を教える思想的な基盤ともなった。満州国が建国されると、日本人が運営する学校もでき、皇国臣民化教育が行われた。解放後も、朝鮮族の教育に対する熱意はほかの少数民族に比べて非常に高く、民族教育や社会主義教育が積極的に行われた。1949年に設立された延辺大学は、中国で最初の少数民族の大学である。
第2章 生活・風俗
 朝鮮族は中国に定着しながらも、固有の民俗習慣を守って暮らしている。特に、今の北朝鮮では見ることのできなくなってしまった朝鮮半島北部の習俗を、中国朝鮮族の暮らしや行事の中から探ることができる。
第3章 文化・芸術
 朝鮮族は中国の少数民族の中でも、自らの言葉、文字、音楽、芸能を守り続けている、数少ない民族であることを紹介している。

 

 

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