cheonghak dong 青鶴 存在する夢 柳銀珪写真集

柳銀珪(リュ・ウンギュ)著

2007年5月刊 B5判 WOW Image (韓国ソウル) ご注文いただけません

 韓国人にとって「青鶴洞(チョンハクドン)」という地名は、「理想郷」を意味している。この地名が歴史に初めて登場するのは、今から千年以上も前の新羅時代。そこは神仙が青い鶴に乗って遊ぶ地上の楽園、世俗のいかなる混乱とも無関係な伝説の村と謳われている。
 1960年代の初めごろ、昔ながらの伝統文化を尊び、世俗や文明を拒否した『儒仏仙合一更定儒道』の信徒たちが、人目を忍んで韓国南部にある智異山(チリサン)の山奥に移り住んだ。その後、ここに定着した人々が地域の管轄郡庁に村の地名を「青鶴洞」と申請したことから、青鶴洞の地名は正式にこの村のものとなった。
 26年前、私は初めてここを訪れた。韓国は当時、高度経済成長のまっただ中にあり、生活環境や人々の価値観が大きく変動していた。だれもが古いものを捨て、新しいものに夢中になっていたこの時期、なぜこの村の人々は時代に逆行したような暮らしに執着しているのだろう。私は驚くと同時に、青鶴洞の人々になぜか強く惹かれた。それ以来、私はこの村に通い続けて写真を撮っている。
 彼らは朝鮮時代さながらの白装束に身を包み、結婚前は男も髪を切らず、結婚後にはまげを結う。倫理道徳、忠孝礼こそ人の正しい道であると信じ、村人全員が昔ながらの伝統を守りながら、自給自足の暮らしを営む。まるで、韓国映画『トンマッコルへようこそ』の舞台のような桃源郷だ。
 その後、外地からここを訪れる人々の様々な思惑によって、村人たちの生活は徐々に変わっていった。しかし彼らは今も揺るがぬ信念をもって、こう信じている。「厳しい冬の時代が去れば、やがてこの世に春がやってくる」と。
 多忙な日常の中で心の指針を見失った現代人にとって、時代に流されない青鶴洞の人々姿は、きっとなにかを示唆してくれるのではないかと思っている。
写真家 柳銀珪(RYU Eunkyu)
 

英・日・独・韓国語併記

著者は1962年韓国ソウル出身の写真家。1982年から「青鶴洞」に通い始め、これまで26年間にわたって村の人々の暮らしや生き様を撮影している。

 

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