演出された「楽園」 バリ島の光と影

エイドリアン・ヴィッカーズ著 中谷文美訳

2000年11月刊 46判 394頁 新曜社 3,900円

 

「最後の楽園」バリ・・・・そのイメージはどのようにして創られたか。
西欧による「発見」とバリの「自覚」が彩なすバリの歴史とは。 

 楽園の島バリ、というイメージがしっかりと根を下ろし始めたのは、1920年代から30年代にかけてである。この島を征服した残忍なやり口を世界に忘れてもらいたい一心で、オランダ政府はバリを観光地として宣伝し始めた。このとき、バリについて何か書く場合は文化と村の生活とを中心にもってくるようにした。つまり過去にはみすごされていた側面に関心を移したわけだ。にわかにバリは、温和で魅力的な″エデンの島″となったのだった。
 今日バリについていわれたり考えられたりすることの多くは、この時期に生まれている。それよりまえにバリがどう受けとめられていたかについてはきれいさっぱり忘れ去られてしまった。バリのイメージは、疲れきったヨーロッパが元気を取り戻し、精神的な調和をみい出すことのできる理想郷となった。1930年代には富豪や有名人がパリ、ベルリン、ニューヨークの社交場の延長でバリに集った。(本書 序章より)

【目次】
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序章 イメージの島、パリ
第一章 野蛮なるパリ 

   イスラーム世界の片隅にあるヒンドゥー世界
   暴君の退廃
   新しい時代、古いイメージ
   最初の征服
第2章 バリ人のバリ・イメージ − 黄金時代から征服まで
   世界君主 1500年〜1651年
   夢物語の王子たち 1651年〜1815年
   祖先と王朝 1815年〜1908年
   平民と身分意識
   王国は滅びゆく 18884年〜1908年
第3章 「楽園」バリの誕生

   オリエンタリストたち
   虐殺からセールスヘ
   ヴァルター・シュピースとバリの田園風景
   メッセージは広まる
第4章 苦境に立つバリ 1908年〜1965年 
   世が太平でなかった頃
   社会的軋轢の高まり
   第二次世界大戦とその直後
第5章 インドネシアのバリ
   スカルノの劇場国家
   観光発展
   バリ文化への脅威
   観光の勝ち組、負け組
訳者あとがき

 

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