アジア文庫のレジ裏から

北京オリンピック
2008年8月
31日

 北京オリンピックの熱も冷めつつありますが、良くも悪くも中国の存在感を改めて、アジアのみならず世界規模で知らしめた一大イベントでした。
 階下の中国図書専門の内山書店は、私が20数年前に勤めていた書店でもあるのですが、当時の中国の出版物は、内容はともかく、装丁や紙質はお世辞にも立派とは言いがたい、かなり粗末なものでした。並製の本の表紙はちょっとした拍子に破れることもありました。ところが、今、内山書店を覗いてみると、表紙は見違えるほどカラフルになり、装丁、紙質も良くなっているのに驚かされます。この間の中国の経済発展の一端をこんなところにもうかがい知ることができます。
 20数年前、中国が日本と同様の経済力を身につけるようになったら、地球上の資源が枯渇してしまうのでは、と半ば冗談でささやかれていましたが、短期間で急成長を遂げつつある中国を見ていると、今やその冗談が現実のものとなりつつあるようです。ただ、計らずも、今回のオリンピックは、今の中国が抱える数々の問題をも対外的に浮き彫りにしてくれました。民族問題、人権、情報開示、民主化、環境…、どれもが中国の国内問題では済まされない段階にきていることは明らかです。
 アジアと名のりつつ、アジア文庫は、中国は守備範囲外です。理由はふたつ。内山書店を始め、東方書店、亜東書店、中華書店など中国図書の専門店は数多くあります。中国の本は充分な供給体制がすでに出来上がっています。もうひとつは、中国関係の本は、他のアジア関係の本を総合した以上の出版点数があります。物理的に今の店舗では扱いきれないということです。
 中国以外のアジアの本を扱っていても、中国の存在感は日毎、周辺部のアジアの中で大きくなっていることを感じます。この巨大な国の今後は、ますます目が離せなくなってきました。

マグサイサイ賞2008年8月8日

 一週間ほど前の話ですが、納品に来た明石書店の方から、「ウチの社長がマグサイサイ賞を受賞しました」と聞いて驚きました。
 当欄をご覧の方には改めて説明する必要もないかもしれませんが、マグサイサイ賞は、マスコミ的な表現では「アジアのノーベル賞」と言われている賞で、フィリピン大統領ラモン・マグサイサイ(在職1953年〜1957年)を記念して創設され、毎年、アジアで社会貢献などに功績があった個人・団体に贈られています。
 アジア文庫では著者としてお馴染みの方々も多く受賞されている。グラミン銀行のムハマド・ユヌスは、1984年にマグサイサイ賞を受賞後、2006年には「本物の」ノーベル平和賞を受賞。インドネシアの代表的な作家、プラムディヤ・アナンタ・トゥールは95年に、フィリピンの国民的な作家ニック・ホアキンは96年に、シニョール・ホセは80年にそれぞれ受賞。日本人の受賞者も多い。アジア文庫の棚にある本の著者としては、ネパールで医療活動で著名な岩村昇(93年)、ペシャワール会の中村哲(03年)といった方々が受賞している。
 明石書店の石井昭男社長は、同賞6部門のうち、報道・文学・創造的情報伝達部門(Journalism, Literature, and the Creative Communication Arts)での受賞です。受賞理由は「日本の公共的な論壇において差別、人種、その他の難しい課題に正面から取り組んできた、出版人としての原則的な経歴が評価された」とのこと。
 明石書店はもともと差別や人権といった分野に強い出版社ですが、最近はアジア関係の本も数多く出版するようになっています。今や、アジア文庫の棚には欠かせない出版社のひとつです。石井社長は以前よく、お客さんとして見えていた。「気さくで元気な、いかにも出版人」といったイメージの方ですが、ここしばらくお目にかかっていない。先の営業マン氏に「社長はお元気ですか」と尋ねたところ、「ますます元気です!!」とのこと。まずはともあれ、おめでとうございます。

東京国際ブックフェア その2
2008年7月15日

 東京国際ブックフェアも終わり、ミスターVが再来店。手にしたペットボトルの水を飲み干して、開口一番、「Very Hot !」。ここ数日、インド人もビックリの東京の暑さです。こう暑いと、神保町の道を行く人びとも、私がその筆頭ですが、どんよりとよどんだ趣で漂うように歩いています。当然、店は閑散。
 ブックフェアは、先週の金曜日に行ってまいりました。やはり疲れました。欲張っていろんなものを見てやろうと思うからいかんのでしょうね。こういう、大きな催しは、何かマトを絞って行くべきでしょう。
 「ベトナムスケッチ」のNさんが出展しているブースも覗いてきました。「大勢の方が来てくれて、大盛況です」とのこと。確かに、Nさんは次々に訪れる人と応対され大変忙しそうでした。海外で発行されている日本語紙・誌は、国内では殆んど知られていないでしょうから、広報にはもってこいの場所だったのかもしれません。旅行情報がメインといったものがまだ多いようですが、現地でなければ発信できない情報が掲載されている雑誌も増えているようです。
 アジア文庫でも、こうした現地発の情報を求める読書は増えているように思えます。今後大いに期待できる媒体かも知れません。

東京国際ブックフェア
2008年
7月10日

 

 今日から東京国際ブックフェア(TIBF2008)が開催されていますが、昨日はこのフェアに参加する出展者が海外から相次いで来店。
 まず、ホーチミンで日本語情報誌を編集している「ベトナムスケッチ」のNさんが来店。国内の取扱店として、アジア文庫を紹介したいと、わざわざ小店の栞を取りに来てくださったのだった。今回、海外で日本語雑誌・書籍を発行している会社に声をかけたところ、30を超える会社が呼びかけに応じてくれたそうで、共同で出展するそうです。
 出展者のリストを頂きましたが、タイの「DACO」や「バンコク週報」「Gダイアリー」「COMM BANGKOK」、カンボジアの「KUROMA」など、アジア文庫でもお馴染みの雑誌や本の発行者が加わっていました。このリストを見るとやはりタイが一番多いですね。それにしても、アジアやその周辺でこんなに多くの日本字紙・誌が発行されているとはちょっと驚きでした。しかも、このリストは出展者のみですから、まだまだ他にも多くの出版社があるのでしょう。
 Nさんが帰られた後、すぐにインド・ニューデリーからミスターVが突然来店、今年は出展するとメールはもらっていたが、いつもは事前に連絡があってからの来店が常だったのでビックリ。「今朝、東京に着きました」とのこと。しばらく注文をしていなかったので、チクリと皮肉を言われた後、ブックフェア会場での再会を約束して帰られた。ミスターV、ちょっと太ったね。景気いいのかな。
 この東京国際ブックフェアは、毎年、7月に東京ビッグサイトで開催されている日本では最大のブックフェアです。私も毎年、覗いてはいるのですが、会場が広くて、とにかく疲れる。海外からの出展も多いのですが、多くは版権の売買が目的のようで、書店にはあまり利用価値がありません。国内出版社も多数出てはいますが、殆んど知っている本ばかりで、正直なところ、こちらも書店にとっての利用価値はあまり感じられません。
 ただ、読者の方には、新しい出会いがあるかもしれません。12日(土)と13日(日)は、一般公開日となっています。割引で買える本もありますので、時間のある方は覗いてみてはいかがでしょう。

『越後のBaちゃんベトナムへ行く』その後
2008年6月
29日

 先日、店の奥にいたとき、レジにいるスタッフのTの歓声が聞こえた。彼女は懐かしい人が訪ねて来たときなど、素直に喜びを表し、時に素っ頓狂な雄たけびをあげることもある愛すべき存在なのだが…。
 「ハテ、今日は誰だろう?」と思っていると、「オーノさーん、コマツさんですよー」と、今度は私を呼ぶ声に変わった。
 「コマツさん??」、Tと共通の知人に小松姓の人はいないはずだが、「小松…? 小松といえば…。もしかして…、小松みゆきさん?」。
 レジに出てみると、まさしく、その小松みゆきさんが立っておられた。本の表紙と同じお顔なので(あたりまえか)、すぐに分かった。アジア文庫ローカルのベストセラー作家、『越後のBaちゃんベトナムへ行く』の著者である。一度お会いしたいとは思っていたが、わざわざ訪ねてくださったのだ。
 あえて例えれば、三省堂書店のレジに、ニューヨークから村上春樹(ニューヨークには住んでいないでしょうが、例えばの話しです)が訪ねて来たようなもの、といえば、Tの歓声の理由がお分かりいただけるだろうか。
 小松さんが、なぜアジア文庫ローカルなのかというと、この本は彼女の友人が出してくれた自費出版の本で、一般には流通していないためだ。本書を扱っている書店はアジア文庫ほか数店しかない。
 本書に関しては、以前、当欄でもご紹介したが、お父さんが亡くなられた後、認知症のお母さんを新潟から、小松さんが働くハノイに連れて行って、共に暮らした生活を綴ったものです。小松さんの体験は、朝日新聞の取材記事や、NHK教育テレビでも伝えられました。特にNHKでは、これまで再放送、再々放送と繰り返し放映されています。そして、放映の度に、注文が急増するということを繰り返してきました。
 残念ながら、今回は「Baちゃん」はハノイでお留守番とのことで、ご一緒ではなかった。
 小松さんの話で印象的だったのは、お母さんはベトナムに行って、確実に表情が活き活きしてきたということです。言葉は通じなくても、お母さんが日本語で「今年は新潟には帰らんのかね」と話しかけても、ベトナムの人は何かしら応えてくれる。日本では、無視されたり、邪険に扱われることもあったそうです。そのことで閉じこもってしまう。
 「認知症であっても、相手が自分を受け入れてくれているかどうかは分るわけですよ。ベトナムでは、意味がわからなくても、殆んどの人が年寄りの問いかけに応えてくれるんです。お互いに言葉の意味は通じなくても、相手が自分を認めてくれていることが分かるんですよ。そのことが母の表情を明るくしたんでしょうね」とおっしゃっていました。
 「続編の予定は」とお聞きしてみたところ、「予定はあります」とのことでした。

バンコクの、旅のお供にバスマップ
2008年6月15日

 多くのお問い合わせをいただいていました。お待たせしました。『バンコクバス路線図』の改訂5版が入荷しました。これさえあればバンコクを安く、自在に移動できるすぐれものです。タイ語が読めなくても、バスに表示されている数字でルートが分かります。
 汗と労力を惜しまないDACOのスタッフが、全路線を実際に乗って確認するといういつもの手法で編集されたバスマップです。
 バスの路線なんぞはバス会社に聞けば済むのでは、と思うのは日本的感覚です。DACO東京事務所をひとりで切り盛りする事務所長(いつもお世話になっています。暑い時期は、汗だくになってDACO出版物を運んでくれます)のお話では、バンコクのバス路線は、事前の告知もなく変更することも度々とか。バンコクのDACO編集部には、「路線図と違うぞ!」というクレームも多く寄せられるそうです。でも、あのバンコクのバス全ての路線を踏破するのは並大抵のことではないでしょう。クレーマーは多分、バンコク初心者なのでしょう。ここはDACOスタッフの労を多として、多少の路線違いは大目に見ましょう。現時点で、実走ルートに最も近いはずです。
 もし、ルートが「路線図」と違っていたら、クレームとしてでなく、情報としてDACO編集部に伝えてあげてください。
 この『バンコクバス路線図』、アジア文庫では、同じくDACO編集部の編になる『歩くバンコク』と並ぶロングセラーです。

「ワヤンにかける情熱」
2008年
6月13日

 『ワヤンを楽しむ』、『ジャワ夢幻日記』、『マハーバーラタの蔭に』、『ラーマーヤナの夕映え』などの本が売れるたびに、いつもふと思い浮かぶのが穏やかな笑顔の著者・松本亮さん。しばらくお会いしていなくて、お元気なんだろうかと気になっていたのだが、一昨日、松本さんが主宰する日本ワヤン協会恒例の「マハーバーラタ」公演の案内をお持ちになってくださった。相変わらずかくしゃくとして、お元気な様子に一安心。
 日本ワヤン協会は、1974年、ワヤンに魅せられた松本亮さんが、日本でワヤンを紹介・上演するために発足させたものです。今回ご案内いただいた「マハーバーラタ」の公演は、ジャワのワヤン上演にならって、恒例のオールナイト上演です(6月21日 渋谷「La.mama」)。この上演形式も、今年で24年目になるそうです。日本ワヤン協会では、日本の話を題材にした松本さんの創作ワヤンなども、数多く上演しています。 松本さんのワヤンにかける情熱には圧倒されます。その熱い思いはインドネシアにもしっかり届いています。長年のワヤンへの功績が認められ、1999年には、日本人として初めてインドネシア大統領より「文化功労勲章」をお受けになっています。
 渋谷「La.mama」でのオールナイト上演(6月21日)詳細は、日本ワヤン協会をご覧下さい。

「青鶴(チョンハク)−存在する夢」
2008年
5月27日

 先日、久しぶりにソウルにお住まいの戸田郁子さんにお会いした。現在、お連れ合いの写真家・柳銀珪(リュ・ウンギュ)さんの写真展、「青鶴(チョンハク)−存在する夢」が東京、横浜で開催中で、それに合わせて久しぶりの帰国とのこと。柳銀珪さんの写真展は6月1日まで、汐留のギャラリーウオークで開催中です。
 写真展は柳
銀珪さんが、韓国南部にある智異山(チリサン)の山奥に、「朝鮮時代さながらの白装束に身を包み、結婚前は男も髪を切らず、結婚後にはまげを結う。倫理道徳、忠孝礼こそ人の正しい道であると信じ、村人全員が昔ながらの伝統を守りながら、自給自足の暮らしを営む。まるで、韓国映画『トンマッコルへようこそ』の舞台のような桃源郷」という村に27年間も通い続け、村人と交流する中で撮り続けた記録です。
 柳銀珪さんの写真集も出版されています。戸田さんからお預かりしてアジア文庫でも販売中です。『cheonghak dong 青鶴 存在する夢
 戸田郁子さんについては改めてご紹介することもないかと思いますが、『手の大きいお嫁さん 私の韓国語小辞典』など、韓国での生活を綴った本では、旅行者には見えてこない韓国の人びとの暮らしや社会を、活き活きと伝えてくれます。
 戸田さんの話では、先の大統領選や総選挙では、あの政治に熱い韓国人もすっかり様変わりをしてしまったようです。また、政治意識だけでなく、おせっかいが過ぎるほどの韓国人の濃厚な人間関係も、最近では、他人とのふれあいを避けるような若者たちも表れるようになって、韓国が韓国らしくなくなってきたと感じておられるとのこと。

過去のアジア文庫のレジ裏から(2007年5月〜2007年10月)

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